Beatrice's soliloquy
ベアトリスの独り言
ベアトリスの独り言
時間は流れ続ける水のようなものなのでしょうか?
それとも粒子の集まりのようなものなのでしょうか?
例えば経験と記憶が1つの粒子に含まれているなら、それらの粒子を集めると生命の記録になるのでしょうか。
私が死ぬ時、私が別の世界に持っていくことができる何かがあるとするなら、それは宝石のように輝いた様々な経験の幾多の粒子なのかもしれません。
私たちは時々映画を見たり、シミュレートされた体験を楽しんだりしますが、もし、より高次元の存在がいるならば、彼らは私たちの記憶の粒子を見て映画のように楽しむことは可能なのでしょうか。
別世界の扉
2000年。
私の結婚生活がギクシャクし始めていた頃。
不思議な夢を見たり、白いものがシュッと移動するのを見たりするなど、不思議なことがいくつも起こり始めました。
でも私は離婚の危機の真っただ中で、そんなことを気にしている余裕はありません。
今は夫が家出をして、いなくなってから数週間が過ぎていました。
今日も静かな家の中で「もう眠ろう」とポツリと独り言を言い、寝室の布団に入ります。
目を閉じると夫とのケンカで、モヤモヤと不機嫌な感情が蘇ってきます。
今は精神的に疲れていて、睡眠することで少しでも回復しようと思っていたのに、今夜はどうにも寝付けません。
何故なのかしら。
頭の中がいっぱいで神経が高ぶっているからなのか。布団がまだ温まっていないのか。
いいえ、いつもと何かが違います。
暗闇の中で何かがじっとこちらをうかがっているような気配がします。
このまま目を閉じていれば眠れるのかしら。
でも、目は閉じても緊張して眠れないし、意識もはっきりとしています。
はっきりとしているというよりは、起きている時と寝ている時の中間のような感じで、身体は寝ているけれど頭は起きているという感じです。
私はとても不気味だったので、頭から布団をかぶりました。
数分後、夢うつつの中で目が覚めたように気が付くと 。
寝室で寝ているのに、何故か私は舟に乗っていました。
どうして舟だと思ったのかというと、船底にチャプチャプと水が当たる音がしたからです。
そしてギイギイと誰かが船を漕いでいるのか、舟自体がきしんでいるのか音が聞こえていました。
ここはどこなのでしょう。
寝たふりをしていないと、私は恐ろしいものを見るのではないかしら。
そう思うと心臓は早く打ち、体温が上がり、身体が熱を帯びました。
その場所は普段の部屋とは違い、空気の密度が濃く蒸し暑かったのです。
私は震えながら「寝たふりをしている間になんとか元の世界に戻りたい」と願いました。
急に水の気配が消えました。
そしてボートを漕ぐ音も消えました。
どうやら今度は私の身体は建物の中に横たわっているようです。
暑いのに、恐怖で冷や汗をかいています。怖くてどうしょうもなくて目を開けることができません。
けれど、目をつむって周りが何も見えないはずなのに、一瞬のうちに美しい女性がすぐ傍に立って私を見ているのが見えました。
私は目を閉じていたのに、頭の中にその女性の映像がはっきりと映ったのです。
彼女の背景には何も映っていませんでした。薄暗い背景の中、彼女の姿だけが凛と映し出されています。
その姿は観音様や弁財天のようにゆったりとした天衣をまとっています。
彼女は涼しげな美しい目元を持つ白百合のように麗しい女性でした。
私の身体は動かすことができなくなっていました。
彼女はゆっくりと近づいて来て、私の胃のあたりを凝視しました。
それまで、涼しげな美しい目をしていたのに急に目の玉が半分も飛び出したようになり、ギョロリギョロリと私の胃のあたりと見ています。
そして何かを読んでいるように、目を右に左に動かしています。
私はまだ金縛りで動けません。
少しすると彼女は離れました。
そしてまた美しい顔立ちで「貴方は私好みよ」と微笑んで去っていきました。
立ち去る瞬間に彼女の衣の裾が私の顔にかかり、氷のような冷気を含んだそよ風が私の顔をかすめました。
彼女の姿が霧のように消えて、私はほっと胸をなでおろしました。
「これで終わったのかしら」と思いましたが、金縛りはまだとれず空気も濃く暑いままです。
私は得体の知れない暗闇の中で、自分がポツンと横になっている姿を想像しました。
それから数分と経たぬうちに「何かが近づいてくる」と頭の中で感じました。
今度は頭の中に像を見ることはできません。
それは布団の周りを一周しています。そして何もせずにゆっくり部屋を出て行きました。
「何?」と思っているうちに、また別なものが入って来て一周していきました。
今度は四つ足の足音?ミシミシと何かが音をさせて歩いています。
次に来たのは何か床を擦るような音が聞こえます。
それは、一回りして部屋を出る頃に「シャーッ」と言ったのが聞こえました。まるで蛇が鎌首を上げて威嚇しているような音です。
次に来たのは私の頭の中に映像が見えました。
ねずみです!!
彼は身分が高いようで、昔の時代の高貴な人が着る服をまとっています。
ねずみの男性はよく響く低い声で「ねずみを虐めたことはないか?」と尋ねてきました。
私は、小学生の頃に物置にいた小さなねずみを見たことを思い出しました。
私は ねずみの男性に「ねずみを虐めたことはありません」と回答を返したところ、彼 は何も言わずに去って行きました。
ねずみの後も、何かが私の布団を一回りしていました。
これは一体何の儀式なのでしょうか。
私は我慢の限界でした。
目を開けて大声を出そうと思いました。
でも息苦しく、身体じゅうに冷や汗をかいた金縛りの身体を動かすのは不可能でした。
仕方なく、動けない状態でパニックと戦いながら状況を冷静に受け止めようと考えました。
今、一体何体目がやってきたのだろう。
自分でもよく分からなくなっていました。
でも次の瞬間に急に何かが切り替わるように金縛りが抜けて部屋の空気が変わりました。
部屋は、まるで何も起こらなかったかのように静まりかえりました。
部屋の温度も匂いもいつもの状態に戻っています。
身体も動かすことができました。
私はようやく安心して目を開けることができたのです。
「あぁ怖かった。何だったのかしら。夢ではないことだけは確かだわ。」
でも、じっくり考えてみると蛇、ネズミ、四つ足の生き物やそれ以外のものもいたと思います。
私の頭の中にはキーワードが浮かびました。「まるで十二支です。」
本当にそんな世界があるのでしょうか。
あの美しい女性は誰なのでしょう。
あの彼女は私の中の人生の記録を垣間見て言葉を送ってきたのでしょうか。
つまり、私の中に過去の状況が記録されているということ?
私達が当たり前と思っている世界は、もっと大きな世界のほんの一部なのかもしれません。
そして彼らは、私達の世界に出入りする扉の鍵を持っているのかもしれません。
おそらく、彼らがその扉を開けた時や、私達が誤って迷い込んだ時に別な世界に 入り込むことが可能なのでしょう。
私は今夜、別な世界の扉の向こうに行ってきたのです。
ベアトリス