別れの時
月の輝き
This moment will soon be in the past.
この瞬間はもうすぐ過去になります。
日本には「今昔物語集」という説話集があります。
いつ書かれたものか誰が書いたものかも不明ですが、1000年以上前からあったというのは確かなようです。
もの語りの多くは「今は昔」から始まります。
「今となっては昔のことだが・・・」です。
今から一歩先に進むと分岐した未来の道がたくさんあります。
未来は多くの道に分かれています。
そして道を振り返ると、「今振り返ると、昔のことだ」と思います。
さあ、どの未来の道を選びましょう?
月とメッセージ
ある日、夜空を見上げると月がいつもと違う光を放っているような気がしました。
月齢は6.5で、ほぼ半分隠れているくらいでしょうか。
その日は月が白く不気味なほどに美しく輝き、まるで吸い込まれるような気がしました。
ベアトリスは普段は気にもしていませんでしたが、その夜は月に呼ばれたような気がして夜空を見上げたのです。
でも見続けていると自分も吸い込まれるような恐怖を感じて目をそらしました。
その時です。「引き渡された」とメッセージが聞こえました。
ベアトリスには何が「引き渡された」のかよくわかりませんでした。
その夜、不思議な夢を見ました。
今から何千年も昔に、世界を制覇しようとした男が見えます。
目に見える限りの荒涼とした大地。多くの兵士と騎馬隊による土埃。
その巨大な軍隊を指揮しているのは、何も見逃さない鷹のような目を持ち、強靭な身体からは刃物のようなオーラが放たれていました。
彼は人々に尊敬と畏敬の念を抱かせる威風堂々とした王でした。
彼は高貴な血筋を受け継いでいましたが、育った境遇は非常に貧しく、人に蔑まれ、とても幸せとは言えませんでした。
けれど、彼はその環境では屈しない強い精神を内面に持っていました。
そのぶつけようのない怒りをエネルギーに変えることにより人間の範疇を超えた絶大な力を持つ王になったのです。
彼の心の中には歪んだ部分もありましたが、王は誰にも心のゆがみを見せませんでした。
威風堂々としている王は人並みはずれたカリスマ性、能力、資質、知恵により、多くの国々を支配下に治めていったのです。
「この世界のすべてを自分が統治すれば平和が訪れる。そうすれば私の心も癒され、胸の渇きも満たされるだろう。」
彼は時とともに神のような至高と畏怖の存在になっていきました。
しかしある日、彼は世界を統一するには自分の寿命が足りないことに気が付きました。
そこから彼は永遠の命を得る方法を探し始めました。
とてつもない時間が過ぎました。
彼の肉体はもう残っていません。しかし、神として称えられるように亡くなった彼の意思は、ある組織を通じて現代人に伝えることができました。
特殊な方法で砂の上に文字を記し自分の意思を伝えたのです。つまり、彼の意思は生き残ることができたのです。
実は彼は人としての命を失う前に、ある女性と出会いました。
彼女と約束を交わし、安心して「肉体の死を受け入れ」長い休息に入ったのです。
その彼女は他の惑星からやって来た存在です。
彼女は任務のために何千年も前に、この太陽系第三惑星にやってきました。
そこで、偶然彼と出会ったのです。
彼は「世界の支配と、永遠の命」を望んでいました。
王とメッセンジャーの物語
彼女が、この惑星に到着してまだ間もない時の話です。
彼女は、ナビゲーションを使って一番最初の契約者を探していました。
その時に、王と彼女は出会ったのです。
彼女は、契約者を探してもらうために王と約束を交わしました。
王は「世界の支配と、永遠の命」を望んでいました。
王が亡くなって遥かな時が流れました。
彼女は高次元の存在とコンタクトがとれるようになり、王との契約の時が近づいてきました。
彼女はこの惑星で何千年も過ごしているうちに、彼との約束をすっかり忘れていました。
しかし運命の神様は、何千年も待ち続けていた王を見捨てませんでした。
王の配下である組織の人間が、彼女を見つけたことを王に報告したのです。
王の配下は、特別な能力を持っており、彼女の存在に気が付くことができました。
彼女はベアトリスと共に過ごしていたのです。
王は彼女が見つかったと知り、大喜びしました。
彼は思いました。
「これで、私は復活して永遠の命を得ることができる。世界を征服することができる」
6月のある晴れた日。
彼女を偶然見つけた王の配下の者は、「王の秘密」を伝えずにベアトリスを集会に招待しました。
そしてついに、ベアトリスと彼女が来る集会の日が訪れたのです。
ただ一人の女性を見つけるために、何千年も続けられて来た儀式が行われます。
儀式の時、ついに王は彼女を見つけました。
「おぉ!彼女に間違いない。この日をどれだけ待ち詫びたことか!」
王は、集会で行われた儀式の最中に、彼女と同化しているベアトリスの肩にそっと触れました。
「彼女との約束はこれで守られる。私が肩に触れることで、彼女は私と交わした過去の約束を思い出すだろう 」
彼は喜びに震えながら、儀式の砂に自分の気持ちを示しました。
砂に記された王のメッセージが会場の人々に発表されました。
「笑っておられます。大変喜んでおられます!」
配下の者たちは王の復活を予感してざわめきました。
ベアトリスには、「何が笑っているのか」よくわかりませんでした。
でも、ベアトリスのメッセンジャーは、自分のことだと気が付きました。
彼女は、普通の人間から見ると、姿形は自分が選んだ人間にしか見えないはずなのに(今はベアトリス)、よく私を見つけることができたものだと感心しました。
何千年も前に彼と出会った時の姿は、彼女の本体のコピーでした。
この任務を担う人々は、母なる惑星に本体を預けて、異世界で長い時間を過ごすことができるようにします。
彼女の本体は、故郷の惑星で保管されています。
しばらくすると彼女は、王との約束を徐々に思い出しました。
ただ、今は現代人としての生活になじんでいる彼女から見ると、彼が「力によって世界の支配したい」と希望するのは、「この時代の方向性と違うのではないか」と違和感を感じました。
彼が人間として生きていたのは何千年も過去の時代であって、その頃と世界は大きく変わりました。彼の考え方は何千年も昔の時のままなのでしょう。
彼女は考えました。
「この惑星は、長い年月を重ねて一歩ずつ一歩ずつ、統一ではなく共存共栄の方向に向かっているように感じる」
また、「この惑星の公転周期ならば、あっという間に肉体の寿命が終わってしまう」
「もし、公転周期の長い星に移住すれば、彼は永遠に近い寿命を得ることができるだろう。
そして彼は、その星で自分の思う通りの国を創っていけば良いのではないだろうか。すべてを自分で創りあげるならば、彼の願いは叶うだろう。
ひとつ気になることは、彼が「すべてを支配するという」考え方をしていることだ。
その考え方が、周りの星々に悪影響を与えないよう考慮しなければいけない。
いつか彼が気付いて、考え方を変えるその時まで、彼の星は定期的にチェックが必要な星のステータスにしてもらおう」
彼女はそこで頷き、より高次元の存在に王を委ねました。
王は永遠の命と、永遠に近い肉体を得るため、そして彼の望む世界を手中に収めるために、新しい星に送られました。
月明かりの夜に言われた「引き渡された」とは、彼が新しい星に送られたことを指しているのだと思います。
そのメッセージはベアトリスにではなく、ベアトリスと共にある彼女に伝えたのでしょう。
今頃彼は、この太陽系第三惑星を離れ、いくつもの星々を経由した後に、彼が築き上げる星に到着すると考えられます。
自分が選んだ未来の約束をじっと待っていた彼には、やりがいがある幸せな時を過ごして欲しいと願います。
時間は沢山あるのですから。
お別れの時
あの輝く月の夜を調べてみると約400年振りの特別な夜でした。
土星と、木星が最接近した日なのです。
太陽の公転周期は、木星は12年、土星は30年です。20年ごとにこの二つの星は接近しますが、今回は大変近くまで接近したのです。
星々が接近すればするほど、少ない距離とエネルギーで星々の間を移動することができます。
輝く月を見た時にベアトリスの身体がフッと軽くなりました。
この時、彼女は任務を終えて、お帰りになったようです。
ベアトリスが月を見て「吸い込まれそうだ」と感じたのは、彼女がベアトリスから離れて月に向かったせいだと思います。
その日から、ベアトリスの時間の感覚が変わりました。
時間がこれまで以上に静かに、そして早く過ぎていくように感じるのです。
月の衛星空港
あの夜、月のスペースエアポートでは多くの惑星旅行者で混雑していました。
月のスペースエアポートでは、多分このようなアナウンスが流れたでしょう。
「この度は、太陽系スペースエアラインにご搭乗いただき誠にありがとうございます。
第三惑星の旅はお楽しみいただけましたでしょうか。
スーパーエクスプレス12便の搭乗時刻のご案内を致します。
第三惑星時間12月21日18時に2番ゲートより搭乗手続きが始まります。
出発の2時間前までにターミナルにお越しの上、搭乗手続きをおすませください。
尚、木星到着後、土星にお乗り換えになるお客様は、スペースエアポート内にありますフライト案内板で乗り継ゲート番号をご確認ください。
次のエクスプレスは2080年です。
本日は太陽系スペースエアラインにご搭乗いただきありがとうございます。
近い将来、またお会いできることを楽しみにしております。」
The End